東京大学を卒業しましたが、

東京大学を卒業したけれど、「何者」にもなれず社会の中に埋もれきったアラサー女子の、現状への反省も込めた徒然記です。

「まだ」子どもを産まない理由。

学生のころ、女子だけで集まると恋愛話をよくしていましたが、最近は、話題の中心が結婚・出産に変わってきたのを感じます。


アラサーを実感する瞬間です。


自分や一緒に話している友人の不妊の可能性を考えず、出産についてオープンに話せるのはアラサーの特権です。
数年後、この話題はタブーになっている気がします…


さて、出産に関する話題は、だいたいいつも以下2つのパターンで、「そのうち産めばいいよね」という結論に至っています。
※以下、友人同士の雑談なので、内容について深く追求しないでください。

 

〇パターン1:仕事が嫌だからそろそろ産もうかな。

仕事が好きでなかったり、長時間労働に嫌気が差している人に多い発言です。


多くの職場では、子どもがいる女性が早く帰ることについて、表立って批判されることはありません。
前職時代、私も何度も考えたことがあったので、とてもよくわかります。


しかし、これについては、発言者も含め、以下のような現実から「やっぱり、ダメだよね…」という結論に至ります。

  • 子どもがいると早く帰っても大変で、子どもがいない「今」のような生活が待っているわけではない
  • 子どもがいようと、実際には帰れないことも多い
  • 子どもが理由だとしても、実際のところ快く帰れるわけではない

 

〇パターン2:いつか「子どものせいで」と思いそう。

パターン1と違って、仕事が充実していたり、仕事とは関係なく今の生活を満喫している人に多い発言です。


具体的には、

  • 思うように働けなかったり、子育てが出世の妨げになったりしたとき、子どもを産まなければ良かったと後悔しそう。仕事がうまくいかなくなったとき、子どものせいにしてしまいそう。
  • 今の生活が楽しいから、自分の時間を子どもにとられるなんて耐えられる気がしない。

というものです。

 

自分の仕事や生活が今、どのような状況だという話と一緒に「子どもを産むと…」という上記パターン1・2に分類される個人の思いを語り、「私たち、まだ子どもを産む時期じゃないんだね」という結論に落ち着きます。
決して、産む意志がないわけではなく、「まだ産まない」という結論です。

 

友人と話すのはここまでです。

 

【親になる覚悟ができない?】

子どもを産む/産まないは、最終的には個人(各家庭)の選択であり、まだ年齢的に本当に切羽詰っているわけではないので、漠然とした不安と焦りを友人と共有していればいいのだとは思いますが…

でも、これって結局、

子どもがいる生活に耐えられるのか?

という「親になる覚悟」ができていないという根本的な問題なのだな、と思います。

 

個人的には、(いつか)親になれるのか非常に不安です。


先輩や友人の中には、パターン1・2の発言をしていたにもかかわらず、いざ子どもが産まれたら転職をしたり専業主婦になった人もいます。
彼女たちからは「子どもが産まれたら変わるから大丈夫だよ」とよく言われます。


本当にそうなのでしょうか?

 

ここからは、私の個人的な見解ですが、高学歴女性は仕事にしろ趣味にしろ「自分の生活」をしっかりと持っている人が多いと思います。
そして、それゆえに出産・子育てと自分の生活との折り合いのつけ方に悩んでいるのだと思います。


上記パターン1も2も、「今、子どもを産まない『私目線の理由』」でしかなく、「今の自分」・「自分の(理想の)生活」を維持するために、という観点からの話でしかありません。

 

「子どもを産む時期がきたら自然とそういう気持ちになる」と言いますが、気づけばもうアラサーです。


世の中の人は、子どもを産む覚悟ってどうやってしているのでしょうか?

 

私自身、子どもは産みたいと思っています。
でも、子どもを産んだ後の生活をリアルに想像すればするほど、出産が遅くなっていく今日この頃です。