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東京大学を卒業しましたが、

東京大学を卒業したけれど、「何者」にもなれず社会の中に埋もれきったアラサー女子の、現状への反省も込めた徒然記です。

「女性の活躍促進」の裏側の男性の不自由な社会?

東大(卒)と仕事・働くこと 社会について思うこと

私はこれまで総合職として働いてきました。


いい意味でも悪い意味でも男女差別はなく、男性と同じように働いてきました。
きっと、これからも働いていくのだと思います。


総合職として働くのは大変です。
拘束時間は長く、お昼ご飯を食べそびれて気がついたら夜になっていたこともあるし、無理な要求や理不尽に耐えなければならなかったりと精神衛生上良くないことも多いです。
(今の仕事はそれほどでもないですが)


一方で、専業主婦も大変だと思います。
専業主婦経験はありませんが、専業主婦だったら毎日きちんと掃除も洗濯も食事の準備もしなくてはなりません。
働いていれば許容されるような大雑把さも認められなさそうで…
私にはとてもできそうにありません。
数日ならご飯をつくることも楽しいかもしれませんが、毎日だったら何をつくればいいのか途方に暮れてしまいそうです。


社会で働くこと(=仕事)も主婦業(=家事)も、どちらをやるのも大変だと思います。
そして、女性が仕事と家事のどちらをどのくらいやるのかは各家庭の裁量です。


【男性の仕事と家事を選ぶ自由のない男女共同参画

最近、政府が旗を振る「女性の活躍促進」の効果もあってか、出産・子育てのために退職した女性が仕事に復帰しているというニュースをよく見ます。

働きたい女性の希望が叶うことはいいとことだと思います。

 

でも、何かおかしいと思いませんか?

 

昨今の女性の活躍促進もそうですが、これまでのジェンダー論・男女共同参画などは、「女性が家事だけでなく仕事もする権利を認めていこう=社会進出の推進」というものです。
男性が「家庭に入ることや仕事と家事のウェイトを選ぶ権利を認めていこう」という動きが抜けています。


何度も言いますが、働くことはそれなりに大変です。
主婦も大変だと思いますが、男性には「家庭に入る、あるいは仕事と家事負担のウェイトを選ぶ権利」があまりに認められていないように感じます。


男性は家の外で働いていて、主たる家計負担者であることが今でも当然視されています。

たとえば、第14回出生動向基本調査(2010年)によると、結婚相手の条件として経済力を重視する+考慮する男性は38.7%に対し、女性は93.9%です(※1)。


これは、ジェンダー男女共同参画の観点からみて、大きな問題ではないでしょうか?


もしも私が男性だったら、「自分が働かないと家族が食べていけない」というプレッシャーは受けたくないし、働いていて当然=働けない者は落伍者、という世間の視線から逃げ出したいと思ってしまうと思います。


ジェンダー男女共同参画では、女性の社会進出が妨げられていることばかりが注目されますが、「働き方を選ぶことができる自由度」という点から見れば、男性への社会的・制度的差別も同じくらい残っているのではないでしょうか。

 

たとえば、女性の管理職が少ないと言われていますが、男性の一般職もあまり聞きません。

なぜ、男性の一般職が少ないのでしょうか?

 

私の想像ですが、現在の一般職が「ゆくゆくは結婚して主たる家計負担者とならない女性」を想定してつくられた職種であるため、収入が低かったり結婚退職してくれないと困るといった企業側の思惑があるのではないでしょうか。

 

女性の社会進出・活躍促進と男性の働き方の多様化は表裏一体です。
男性が主たる家計負担者であることが前提の社会制度を変えることは、女性の社会進出・活躍促進にもつながると考えられます。


それに、その両方をあわせて進めていかないと、一億総中流社会ならぬ一億総労働社会になってしまうのではないでしょうか?


これから先も社会は発展し豊かになっていくという考え方に疑問を持っている私には、一億総労働社会には違和感があります…

 

こんな違和感を感じるのは、私だけなので、全くの余計なお世話なのでしょうか?

現状に「NO」を突き付けたい男性はあまりいらっしゃらないのでしょうか…?

もしも声を上げにくいのだとしたら、それはジェンダー的に問題ですよね?

 

 

※1第14回出生動向基本調査/国立社会保障・人口問題研究所