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東京大学を卒業しましたが、

東京大学を卒業したけれど、「何者」にもなれず社会の中に埋もれきったアラサー女子の、現状への反省も込めた徒然記です。

「ハイデガー入門」を読みました。

【評価】
いまいち。

 

【関心】
「座右のニーチェ」(※1)に引き続き、「寝ながら学べる構造主義」(※2)に出てきた思想家について、もっと詳しく知りたいと思い読むことにしました。

 

【感想】
本書を読んでもハイデガーに入門できませんでした。
同じ話を繰り返していると思っていたら、いつの間にか違う話に進んでいる、という駒場の教養の授業を思い出しました。


以前にも書きましたが、私は、学問は現実理解のためのフレームワークだと思っています(※3)。


しかし、仮にそうであるなら、フレームワーク自体の理解が難しいものに意味はあるのでしょうか。

 

ハイデガーは20世紀の人物です。
プラトンアリストテレスならいざ知らず、その思想の意味が学者間では了解できるよう、ハイデガーの生前に何とかならなかったのでしょうか。
あるいは、多くの人に「何かすごいけれど理解できない」と思われる著作を残してハイデガーは満足だったのでしょうか。


本書を理解できなかったことのすり替えではありませんが、わからなすぎてそんなことを考えてしまいました。

 

 

※1「座右のニーチェ」を読みました。 - 東京大学を卒業しましたが、

※2「寝ながら学べる構造主義」を読みました。 - 東京大学を卒業しましたが、

※3「教養」によって高学歴者の信頼回復を図ることはできないか。 - 東京大学を卒業しましたが、

 

 

<関連記事>

「ハイデガー入門」(竹田青嗣)を読みました。 - 東京大学を卒業しましたが、

 

 

 

ハイデガー入門 (ちくま新書)

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