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東京大学を卒業しましたが、

東京大学を卒業したけれど、「何者」にもなれず社会の中に埋もれきったアラサー女子の、現状への反省も込めた徒然記です。

今から大学で学び直したい?学ぶことの意味について考える。

つぶやきます。

【今から大学で学び直したいと思う?】

「社会人になると、もっと学生の頃勉強をしておけばよかったと思うようになるよ」

 

私自身が先輩に何度か言われた言葉です。
そして、大学を卒業して10年近くが経った今、まさにそのとおりのことを思っています。

 

大学生という時代は、学ぼうと思えば学べる環境があり、自分と同じレベルかつ同世代の学生が大勢いる恵まれた環境だったと、今になったからこそ思います。

 

私自身、最近新書を読みあさっているように、「学びたい」という気持ちは今もあります。
でも、今、大学に行ったからといってその欲求が満たされるとは思っていません。

上から目線で恐縮ですが、やっぱり、東大生といえども社会人経験のない学部生では物足りないと思ってしまうし、学歴ロンダの問題を鑑みるに、大学院にも学費を払ってまで行きたいとは思えません。
加えて、大学には私が求めているもの(=学びたいこと)はないんだろうな、という予感に近い感覚もあります。

 

以前、「文系領域の学問は現代社会において、真に影響を与えうる存在にはならない」ということを書きました。(※1)
一度社会に出てしまった身としては、大学内と学会内でしか評価され得ない学問にはそれほど魅力を感じません。
(そういう意味では、医学などは別になるのでしょうか?)

そして、法曹界や会計士など一部の業界を除いて、

  • 社会が求める、大学で身につけるべき知識
  • 自ら社会でアピールできる、大学で身につけられる知識

など、ない気がしています。

もしもそのような知識があるのなら、教えてもらいたいです。
私もまだ社会に出てたかが10年程度の若輩者です。


しかしながら、そんな私の目から見ても、「学士力」など、省庁の報告書に躍る大学で身につけることが期待されるという「○○力」は胡散臭いし、そもそも「大学教育」によって身につけられるとも思いません。


結局、大学で学べることは、私の友人がかつて言っていたように「所詮娯楽にすぎない」のかもしれないという気がしてきます。(※2)

 

 

【「学ぶこと」の意義って何だろう?】

大学生の頃までは、勉強は私に未知なる可能性・世界を見せてくれる、そして、そこへ連れていってくれるものでした。
でも、社会に一歩出てしまうと、そんなことはありません。


学歴は、組織に属すための通行証にはなったけれど、属した組織の中に、ワクワクするような、あるいは、「私の上昇志向」を満たしてくれるようなものはありませんでした。


そもそも、最近、新書を読む中で、自分の知識の乏しさや幅の狭さは痛感しますが、それを補ったからといって、どこに行けるわけでもありません。


だったら、私は何のために学ぶのでしょう。


「学びたい」から学ぶけれど、それが何の役に立つのだろうと思うと…すごく、すごく虚しくなります。



自分が学んだことを活かしたい。
身につけたことを使って何かできるようになりたい。

このような素朴な欲求は、素朴であるが故に、かなり根元的な欲求に近いものだと思います。
だから、「何のためになるんだろう」と疑問を持ちつつも、私は本を読むし、ブログを書いています。


でも、現状、私はどこにも行けません。

 

この虚しさは、どうやったら埋められるのでしょうか…

 

人によっては、こういうエネルギーをNPO活動などに使って、何か「意味」のあることをするのかもしれません。
もちろん、そういうことに精を出している東大生もいらっしゃいます。
でも、私は…


今の私は仕様もない東大生のなれの果ての一つの姿です。

あぁ、憂鬱。。。

 

 

※1大学で文系学問を学ぶ意味って何だろう? - 東京大学を卒業しましたが、

※2ノブレス・オブリージュ。「持つ者」としての責任。 - 東京大学を卒業しましたが、