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東京大学を卒業しましたが、

東京大学を卒業したけれど、「何者」にもなれず社会の中に埋もれきったアラサー女子の、現状への反省も込めた徒然記です。

学歴社会の頂点=東京大学、社会の頂点=?

医者や弁護士などの専門職、あるいは、外資ベンチャーなどの若いうちから大きな裁量を持たせてくれるところではない、「普通」の企業に就職した友人とよく話す悩みがあります。


私たち、今の仕事を続けていって将来何の役に立つんだろう。

どんな可能性が開けてくるんだろう。


たぶん、私もその友人も「今より上に行く」という意味での上昇志向はあるけれど、組織において出世することに魅力を感じられなかった、(ある意味)社会の負け組です。


私も友人も、(たぶん、)企業などの組織は、自分たちの可能性を広げてくれるための手段としか思っていません。

だから、例えば、将来起業につながるとか、そういったスキルが身に付く残業なら頑張れるけど、結局その組織の中でしか通用しないスキルが身に付くだけの仕事にはうんざりしてしまいます。
そして、「組織のために一生懸命働いている人」、それ故にうまく上司に取り入っていく人たちに引いていました。
(私も彼女もそういう「媚びる」ことがもともと苦手ということもありますが。)


古賀茂明氏が「官僚を国民のために働かせる法」で優秀な若手ほど「自分はこの役所にいて、何を身につけられるのだろう」と悩む、と書いていました。

それには非常に共感できます!

医者や弁護士、外資ベンチャーに行った友だちのように、1年仕事をしたらしたなりに、「何かができる自分」になっていたいと常に思っています。
そして、その「何か」が特定の組織でしか通用しないローカルルールだと不満です。
たぶん、私たちは「できるようになった何か」を活用して、自分で納得できる「今より上」に行きたいと思っているのだと思います。
(この辺の感覚は、正直なところ自分でもよく理解できていません)



小学生から大学を卒業するまでは、評価基準が「テスト」とはっきりしていて、そして、例えば、○○高校に行って東大に行く、というように「上」が指すもの、そしてそのための道のりが明確になっていて、ゲームのレベル上げのような感覚で楽しむことができました。
でも、大人の社会は曖昧だし、例えば、先の古賀氏の本にもありますが、出世が上司に気に入られるかどうかだったりと、すごく理不尽で不公平な気がして仕方ありません。

私は、授業中寝ていてもテストできちんと点数をとれば評価をされる環境がいいです。


そういう考えのまま社会にでると、急に梯子を外されたというか、道に迷ったというか…
そんな気がしてしまいます。

そんな話を、以前高校の時の先生にしたら、「生きるということをきちんと考えてこなかったのが悪い」と叱られました。
先生のお話はもっともだと思ったのですが…
何も答えを見つけられないままアラサーになってしまいました。
すみません…



出世=「上」と認識できない私は、何なら「上」だと思えるのか、正直、よくわかりません。
自分が何に価値を見いだすか、というだけのことだと思いますが、でも、答えを見つけられずにいます。
そして、もちろん、今より「上」に行くにはどうしたらいいのかもわかりません。


少し前、サッカーの本田選手が移籍をした際、「(これは)必然なんだ。階段を一つ一つ登った結果だ」という趣旨のことを言っていました。
本田選手が言うような、方法と目標が明確になっている世界がうらやましいです。




でも、こんなもやもや感から脱したくて、私はブログを書いている部分があります。
何か前に進んだかな…??

あー、すごく自分が情けないです。